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岩手中二自殺の生活ノート事件
岩手県矢巾やはば町で、同県紫波しわ郡の中学2年の男子生徒(13)が電車に飛び込んで死亡した事故で、男子生徒が4月からクラスの担任と交わしていた「生活記録ノート」の全容が8日、明らかになった。
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150708/20150708-OYT1I50034-L.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150708/20150708-OYT1I50036-L.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150708/20150708-OYT1I50035-L.jpg
別の生徒からの暴力や、体調不良を繰り返し訴え、助けを求める「叫び」が記録されている。
SOSはなぜ届かなかったのか。学校側は死亡にいたった経緯などの調査を始めた。
クラス替えが終わり、2年生としてのスタートを切った4月。ノートの書き出しは7日で、
「学年がスタートした1日。この今日を大切に、でだしよく、終わりよくしたい」と
意欲的な記述で始まっていた。異変が起きたのは、4月中旬だった。
〈最近、「いかれてる」とかいわれ、けっこうかちんときます。やめろといってもやめない。
学校がまたつまんなくなってきた〉(4月17日)
父親によると、生徒は4月上旬頃から「(別の生徒に)ちょっかいを出されてうざい。学校に行きたくない」
などと話すようになったという。
その後、生徒は「イライラする」「だるい」「つかれました」と徐々に体調不良を訴えるようになる。
具体的ないじめの記述と共に、心理的不安も書くようになる。
暗闇の中で人が迷っているイラストを添え、孤立感を訴える記述も出てきた。
別の生徒からの仕打ちについて「しつこい」との記述が続き、
6月3日には「けんかしました。ボクはついに、げんかいになりました」とつづった。
そして担任に直接助けを求める記述が現れる。
〈次やってきたら殴るつもりでいきます。そうなるまえに、ボクを助け……〉(6月5日)
〈実はボクさんざんいままで苦しんでたんスよ?なぐられたり、けられたり、首しめられたり、
悪口言われたり!〉(6月8日)
6月中旬には、担任が「きのう話しができてよかったです」と記載し、生徒と話をした形跡もある。
しかしその後、テストに関する記述が続くが、約2週間後に突然自殺をほのめかす。
〈生きるのにつかれてきた。氏(死)んでいいですか?〉(6月28日)
最後の記述は死の6日前だった。
〈ボクがいつ消えるかはわかりません。もう市(死)ぬ場所はきまってるんですけどね〉(6月29日)
これに対し、担任は学校行事についてのコメントしか書いていない。
この日を最後に、記述は途絶える。
7月5日、生徒は祖父に「買い物に行ってくる」と言って外出したまま、帰らぬ人になった。
校長は7日の記者会見で、「ノートの内容について担任から報告がなかった」と述べた。
担任は体調不良だとして7日から休んでおり、生徒が記載した後にどう対応したかや、
生徒との間でどんなやりとりがあったかなどについて、学校側は把握できていない。
(盛岡支局 福元洋平、安田英樹)
2015年07月08日 16時05分
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150708-OYT1T50157.html
岩手県矢巾町(やはばちょう)のJR矢幅(やはば)駅で中学2年の村松亮君(13)が列
車にひかれ死亡した事故で、村松君がいじめ被害をほのめかす内容をノートに記述し自殺した
とみられることについて、飲食店を営む父親(40)が9日、産経新聞の取材に応じた。死体
検案書には「鉄道自殺」と明記されており、長男の死について「真相を明らかにしてほしい」
と訴えた。
ノートは村松君の自宅で見つかった。担任に提出していた「生活記録ノート」で、いじめの
苦しみや自殺をほのめかす内容が随所につづられていた。
「先生に助けを求めていたのに…。無視された」。父親が最も衝撃を受けたのは、村松君が
亡くなる6日前の6月29日に書かれた内容だった。
「ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感
謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所はきまってるんですけど
ね。まあいいか」(原文ママ)。「市ぬ」は「死ぬ」の意味とも読める。遺書ともとれる深刻
な内容だが、7月1、2日に秋田県仙北市で予定されていた1泊2日の宿泊研修の直前で、担
任の女性教諭は「明日からの研修たのしみましょうね」と記しただけだった。
「髪の毛をつかんで顔を机に打ち付けられていた」「複数の男子生徒に殴られていた」「し
つこく砂をかけられていた」
村松君の死後にノートの存在を知った父親のもとには、村松君の悲痛な訴えを裏付ける証言
が、同級生や保護者からもたらされた。
父親は4年前に飲食店を開店。当初は経済的に苦しく、給食費を期日に納められなかったこ
ともあったという。村松君は、昼も夜も懸命に働く父親に心配をかけたくない思いからか、苦
しみを吐露したのは同居する祖父だけだった。父親によると、「おじいちゃんに言って少し楽
になった」と話していたという。
産経新聞:http://www.sankei.com/affairs/news/150709/afr1507090043-n2.html
無くならない「いじめ」による自殺
この自殺の問題点は
①担任の対応+学校環境
②親の対応+家庭環境
の二つが焦点。
①担任の対応+学校環境
●他殺の可能性大の大津の時の担任
●葬式ごっこで自殺の鹿内君の時の担任
事件の新旧であげるとすると
この二大事件
まだ全容がすべて解明されているわけではないから
これだけの情報で結論付けることは早いけど
学校がだね
担任を休ませたまんまにしていることや
それを理由に「把握していない」と発表することが
オカシイ
「暴行」や「恐喝」といった犯罪の可能性云々を問う前に、
自殺に至るまでの「関わり」が
担任と少年との間に交わされた「生活ノート」のやり取りが証拠としてあって、
そこでのやりとりがある以上
担任は、這ってでも学校に行き
校長や親、関係者と詳細な話をすべきだろう?
教育者として
1人の人間の死に関わった可能性があろうとなかろうと
自分の生徒が死んだ
「関わり」
それを、放棄した態度でいる状態が
もうね
既にね
オカシイ
これって
汚職を追及された議員が
入院という逃亡手段を取るのと同じだろう
体調が悪かろうと
授業をせずとも
事情聴取の為に
学校に出てくるのが
人としての筋
担任としての責任
この担任自身の
教師として
人として
最低限のすべき事を、全く出来ない人間が
人間を教育する最前線にいるという現実
教師でもなければ、人でもない、
これは卑怯者だ
卑怯者が教育現場で指導する立場にいる問題
そして、その卑怯者を養護する学校
過去の事件も同じだけど
これだけ複数の目撃があるのに
把握していないなんて
あり得ない
あり得ない上に
生徒に目撃証言しないよう口止めしたり脅したり
という更なるあり得なさ
こういう学校環境の中では
目撃した生徒たちに
打つ手がなかったことが問題
大手企業なんかに設置されている
セクハラパワハラ110番のような
こういうのを
学校「外」に設置する
それは、学校外だけではない
大津のような在日地区だと
通報したら放火されたり、
警察や病院、教育委員会や市議や知事までグルだったり
地域そのものが組織として問題があることから
市町村の教育委員会や
都道府県警察の青少年指導部等ではなく
それぞれの地域に根ざさない
全国統一的な独立した別組織があっていいのでは?と
何処に引っ越そうと、逃げ隠れしようとも、
加害者についても被害者についても県を跨いでもわかるように、
全国網で情報を共有するシステム
警察って、馬鹿だから役に立たない
生徒が目撃情報を通報したら
「警察だ!誰々からこれこれな通報があった」
と公言しながら
づかづかやってくる
それやられると、生徒らがいじめや暴行の目撃通報なんか出来ないだろう
そういうね、
他の子供や本人、他の保護者や本人の親からの電話や申し出を受け付ける組織
学校や地域を通さないで済む
地域とは全く別の通報を受け入れる「平等で安心安全」な組織の設置の有無
これ必要だと私は思う
②親の対応+家庭環境
いじめを苦にした自殺の中で
鹿内君だったか
親に打ち明けたら
父親が「やりかえしてこい」って言って
翌日だかに
結果を聞いたら
息子は
「やりかえした」「もういじめられなくなった」というような答えをして
それを聞いた父親は「そらみろ、言ったとおりだろう」と安心した翌日だったか
息子は首つり自殺をした
父親は、勝ったと聞いていたのに、なぜだと涙ながらにインタビューに答えていたけど
息子が嘘をついているって
気付かない親
この事は大津のエントリーでも確か書いた
やさしいんだ
自殺した息子は
親を心配させないっていう
だけどね
そのやさしさというのは
気弱さでもあるわけで
言えない自分っていうのを
その子は知っている
何故言えないか
親を心配させると感じるのが原因ならば
この場合の
親の心配というのは
二つの見方があると私は考える
一つは
親が自分を心配する姿というのは、
子ども自身の本当の姿=いじめられる弱さや欠点
これを
拒絶している姿として、子供が受け止めている可能性
要するに、弱い自分を親が拒絶する、しているという風に感じている
とすると、
親が今まで、そういう弱い子供の姿を否定している経緯があるはず
と私は思う
こうでなきゃいけない
こうあるべき
そういう親の理想を
言葉や態度で子供にみせてきたのではないだろうか
と
極端な言い方をすれば
子どもは、親に拒絶されることを恐れている
だから
言えない
それが、親を心配させない
という大義名分にすり替わる
二つ目は、
いじめの被害者の親だから
世間はなかなか言えないかもしれないが
親が見せてきたそういう態度の中に
親のパニックやヒステリーも含まれる
つまり
親自身の弱さ
それが、子供に対する「無関心」「無責任」という態度の他に
対応力の無さ
それが作用しているのではないだろうか
もし
親に
我子の弱さを受け入れる寛容さと
経験値を生かした対応力があれば
子どもが暴力を振るわれていることを打ち明けた時の状況が変わってくる
今回の事件で
父親は、担任を責めるが
この父親は自身でこう供述している
父親によると、生徒は4月上旬頃から「(別の生徒に)ちょっかいを出されてうざい。学校に行きたくない」 などと話すようになったという。
生活記録ノートのいじめに関する記述は、4/17から始まったとされている
この状況からだと、
親に訴えているのが先だ
その時、この父親はどのような対応をしたのか?
そのことに触れた記事はあるのか私は知らないが
もし、親に、現実の我が子を受け入れる器と
あるべき対応力があるのなら
子どもの訴えに、何をしたのか
鹿内君の時のように
「やりかえしてこい」
等という拒絶の態度はとらず
学校内での力関係で負けていることを
親が受け入れてあげたのだろうか?
そして、担任と学校に親自身が関わりを持ったのだろうか?
SOSを伝えた我が子に、無関心だったのではないか?
子どもの訴えを
聞いてやる
耳を傾けてやる
そして
具体的な対応策を
一緒に考える
心配するのではなく
能動的に前向きな大人の考えを提示てやる
例えば、学校を変えたり、転居などというのは
親の力なくして成立しない対応策
担任に助けを求めたのなら
担任の対応を聞き
子どもの代わりに
親が担任の対応能力を判断してやるのだ
私自身、娘のことで学校と掛け合ったことがある
私の判断では、正直、「使えない担任」だった
担任に対応してもらう事があり
校長と掛け合い、半年かけて解決するよう交渉し、
協力を得た結果、解決に至った
今回の事もそうだけど
親が忙しくて、学校に任せっきりにしていること
これが問題の一つなんだってこと
使えない担任なんていくらでもいる
営業が出来ない営業マンや
管理が出来ない管理職がいるように
やっぱり
子どもを守るのは
親の責任なのだ
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150708/20150708-OYT1I50034-L.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150708/20150708-OYT1I50036-L.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150708/20150708-OYT1I50035-L.jpg
別の生徒からの暴力や、体調不良を繰り返し訴え、助けを求める「叫び」が記録されている。
SOSはなぜ届かなかったのか。学校側は死亡にいたった経緯などの調査を始めた。
クラス替えが終わり、2年生としてのスタートを切った4月。ノートの書き出しは7日で、
「学年がスタートした1日。この今日を大切に、でだしよく、終わりよくしたい」と
意欲的な記述で始まっていた。異変が起きたのは、4月中旬だった。
〈最近、「いかれてる」とかいわれ、けっこうかちんときます。やめろといってもやめない。
学校がまたつまんなくなってきた〉(4月17日)
父親によると、生徒は4月上旬頃から「(別の生徒に)ちょっかいを出されてうざい。学校に行きたくない」
などと話すようになったという。
その後、生徒は「イライラする」「だるい」「つかれました」と徐々に体調不良を訴えるようになる。
具体的ないじめの記述と共に、心理的不安も書くようになる。
暗闇の中で人が迷っているイラストを添え、孤立感を訴える記述も出てきた。
別の生徒からの仕打ちについて「しつこい」との記述が続き、
6月3日には「けんかしました。ボクはついに、げんかいになりました」とつづった。
そして担任に直接助けを求める記述が現れる。
〈次やってきたら殴るつもりでいきます。そうなるまえに、ボクを助け……〉(6月5日)
〈実はボクさんざんいままで苦しんでたんスよ?なぐられたり、けられたり、首しめられたり、
悪口言われたり!〉(6月8日)
6月中旬には、担任が「きのう話しができてよかったです」と記載し、生徒と話をした形跡もある。
しかしその後、テストに関する記述が続くが、約2週間後に突然自殺をほのめかす。
〈生きるのにつかれてきた。氏(死)んでいいですか?〉(6月28日)
最後の記述は死の6日前だった。
〈ボクがいつ消えるかはわかりません。もう市(死)ぬ場所はきまってるんですけどね〉(6月29日)
これに対し、担任は学校行事についてのコメントしか書いていない。
この日を最後に、記述は途絶える。
7月5日、生徒は祖父に「買い物に行ってくる」と言って外出したまま、帰らぬ人になった。
校長は7日の記者会見で、「ノートの内容について担任から報告がなかった」と述べた。
担任は体調不良だとして7日から休んでおり、生徒が記載した後にどう対応したかや、
生徒との間でどんなやりとりがあったかなどについて、学校側は把握できていない。
(盛岡支局 福元洋平、安田英樹)
2015年07月08日 16時05分
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150708-OYT1T50157.html
岩手県矢巾町(やはばちょう)のJR矢幅(やはば)駅で中学2年の村松亮君(13)が列
車にひかれ死亡した事故で、村松君がいじめ被害をほのめかす内容をノートに記述し自殺した
とみられることについて、飲食店を営む父親(40)が9日、産経新聞の取材に応じた。死体
検案書には「鉄道自殺」と明記されており、長男の死について「真相を明らかにしてほしい」
と訴えた。
ノートは村松君の自宅で見つかった。担任に提出していた「生活記録ノート」で、いじめの
苦しみや自殺をほのめかす内容が随所につづられていた。
「先生に助けを求めていたのに…。無視された」。父親が最も衝撃を受けたのは、村松君が
亡くなる6日前の6月29日に書かれた内容だった。
「ボクがいつ消えるかはわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感
謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所はきまってるんですけど
ね。まあいいか」(原文ママ)。「市ぬ」は「死ぬ」の意味とも読める。遺書ともとれる深刻
な内容だが、7月1、2日に秋田県仙北市で予定されていた1泊2日の宿泊研修の直前で、担
任の女性教諭は「明日からの研修たのしみましょうね」と記しただけだった。
「髪の毛をつかんで顔を机に打ち付けられていた」「複数の男子生徒に殴られていた」「し
つこく砂をかけられていた」
村松君の死後にノートの存在を知った父親のもとには、村松君の悲痛な訴えを裏付ける証言
が、同級生や保護者からもたらされた。
父親は4年前に飲食店を開店。当初は経済的に苦しく、給食費を期日に納められなかったこ
ともあったという。村松君は、昼も夜も懸命に働く父親に心配をかけたくない思いからか、苦
しみを吐露したのは同居する祖父だけだった。父親によると、「おじいちゃんに言って少し楽
になった」と話していたという。
産経新聞:http://www.sankei.com/affairs/news/150709/afr1507090043-n2.html
無くならない「いじめ」による自殺
この自殺の問題点は
①担任の対応+学校環境
②親の対応+家庭環境
の二つが焦点。
①担任の対応+学校環境
●他殺の可能性大の大津の時の担任
●葬式ごっこで自殺の鹿内君の時の担任
事件の新旧であげるとすると
この二大事件
まだ全容がすべて解明されているわけではないから
これだけの情報で結論付けることは早いけど
学校がだね
担任を休ませたまんまにしていることや
それを理由に「把握していない」と発表することが
オカシイ
「暴行」や「恐喝」といった犯罪の可能性云々を問う前に、
自殺に至るまでの「関わり」が
担任と少年との間に交わされた「生活ノート」のやり取りが証拠としてあって、
そこでのやりとりがある以上
担任は、這ってでも学校に行き
校長や親、関係者と詳細な話をすべきだろう?
教育者として
1人の人間の死に関わった可能性があろうとなかろうと
自分の生徒が死んだ
「関わり」
それを、放棄した態度でいる状態が
もうね
既にね
オカシイ
これって
汚職を追及された議員が
入院という逃亡手段を取るのと同じだろう
体調が悪かろうと
授業をせずとも
事情聴取の為に
学校に出てくるのが
人としての筋
担任としての責任
この担任自身の
教師として
人として
最低限のすべき事を、全く出来ない人間が
人間を教育する最前線にいるという現実
教師でもなければ、人でもない、
これは卑怯者だ
卑怯者が教育現場で指導する立場にいる問題
そして、その卑怯者を養護する学校
過去の事件も同じだけど
これだけ複数の目撃があるのに
把握していないなんて
あり得ない
あり得ない上に
生徒に目撃証言しないよう口止めしたり脅したり
という更なるあり得なさ
こういう学校環境の中では
目撃した生徒たちに
打つ手がなかったことが問題
大手企業なんかに設置されている
セクハラパワハラ110番のような
こういうのを
学校「外」に設置する
それは、学校外だけではない
大津のような在日地区だと
通報したら放火されたり、
警察や病院、教育委員会や市議や知事までグルだったり
地域そのものが組織として問題があることから
市町村の教育委員会や
都道府県警察の青少年指導部等ではなく
それぞれの地域に根ざさない
全国統一的な独立した別組織があっていいのでは?と
何処に引っ越そうと、逃げ隠れしようとも、
加害者についても被害者についても県を跨いでもわかるように、
全国網で情報を共有するシステム
警察って、馬鹿だから役に立たない
生徒が目撃情報を通報したら
「警察だ!誰々からこれこれな通報があった」
と公言しながら
づかづかやってくる
それやられると、生徒らがいじめや暴行の目撃通報なんか出来ないだろう
そういうね、
他の子供や本人、他の保護者や本人の親からの電話や申し出を受け付ける組織
学校や地域を通さないで済む
地域とは全く別の通報を受け入れる「平等で安心安全」な組織の設置の有無
これ必要だと私は思う
②親の対応+家庭環境
いじめを苦にした自殺の中で
鹿内君だったか
親に打ち明けたら
父親が「やりかえしてこい」って言って
翌日だかに
結果を聞いたら
息子は
「やりかえした」「もういじめられなくなった」というような答えをして
それを聞いた父親は「そらみろ、言ったとおりだろう」と安心した翌日だったか
息子は首つり自殺をした
父親は、勝ったと聞いていたのに、なぜだと涙ながらにインタビューに答えていたけど
息子が嘘をついているって
気付かない親
この事は大津のエントリーでも確か書いた
やさしいんだ
自殺した息子は
親を心配させないっていう
だけどね
そのやさしさというのは
気弱さでもあるわけで
言えない自分っていうのを
その子は知っている
何故言えないか
親を心配させると感じるのが原因ならば
この場合の
親の心配というのは
二つの見方があると私は考える
一つは
親が自分を心配する姿というのは、
子ども自身の本当の姿=いじめられる弱さや欠点
これを
拒絶している姿として、子供が受け止めている可能性
要するに、弱い自分を親が拒絶する、しているという風に感じている
とすると、
親が今まで、そういう弱い子供の姿を否定している経緯があるはず
と私は思う
こうでなきゃいけない
こうあるべき
そういう親の理想を
言葉や態度で子供にみせてきたのではないだろうか
と
極端な言い方をすれば
子どもは、親に拒絶されることを恐れている
だから
言えない
それが、親を心配させない
という大義名分にすり替わる
二つ目は、
いじめの被害者の親だから
世間はなかなか言えないかもしれないが
親が見せてきたそういう態度の中に
親のパニックやヒステリーも含まれる
つまり
親自身の弱さ
それが、子供に対する「無関心」「無責任」という態度の他に
対応力の無さ
それが作用しているのではないだろうか
もし
親に
我子の弱さを受け入れる寛容さと
経験値を生かした対応力があれば
子どもが暴力を振るわれていることを打ち明けた時の状況が変わってくる
今回の事件で
父親は、担任を責めるが
この父親は自身でこう供述している
父親によると、生徒は4月上旬頃から「(別の生徒に)ちょっかいを出されてうざい。学校に行きたくない」 などと話すようになったという。
生活記録ノートのいじめに関する記述は、4/17から始まったとされている
この状況からだと、
親に訴えているのが先だ
その時、この父親はどのような対応をしたのか?
そのことに触れた記事はあるのか私は知らないが
もし、親に、現実の我が子を受け入れる器と
あるべき対応力があるのなら
子どもの訴えに、何をしたのか
鹿内君の時のように
「やりかえしてこい」
等という拒絶の態度はとらず
学校内での力関係で負けていることを
親が受け入れてあげたのだろうか?
そして、担任と学校に親自身が関わりを持ったのだろうか?
SOSを伝えた我が子に、無関心だったのではないか?
子どもの訴えを
聞いてやる
耳を傾けてやる
そして
具体的な対応策を
一緒に考える
心配するのではなく
能動的に前向きな大人の考えを提示てやる
例えば、学校を変えたり、転居などというのは
親の力なくして成立しない対応策
担任に助けを求めたのなら
担任の対応を聞き
子どもの代わりに
親が担任の対応能力を判断してやるのだ
私自身、娘のことで学校と掛け合ったことがある
私の判断では、正直、「使えない担任」だった
担任に対応してもらう事があり
校長と掛け合い、半年かけて解決するよう交渉し、
協力を得た結果、解決に至った
今回の事もそうだけど
親が忙しくて、学校に任せっきりにしていること
これが問題の一つなんだってこと
使えない担任なんていくらでもいる
営業が出来ない営業マンや
管理が出来ない管理職がいるように
やっぱり
子どもを守るのは
親の責任なのだ
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コメント
[C5528] これぞまさしく日本
みんな同じ、という無理矢理お仕着せの発想できたこの70年、ガス抜きのために誰か、何かが犠牲になるというのが日常になってしまいました。誰しもそのガス抜きのターゲットになりたくはないものです。
しかし、いつそれになってしまうかわからないストレスを全員抱えています。
まるが様がご尽力しておられる東宮撲滅運動もそれの一つではあるのですが、これを称して「いじめ」とみなすか、あるいは「世直し」と考えるか、それぞれの民の思考に委ねられてます。
正しい方向に導かれることを心よりお祈り申し上げております。
しかし、いつそれになってしまうかわからないストレスを全員抱えています。
まるが様がご尽力しておられる東宮撲滅運動もそれの一つではあるのですが、これを称して「いじめ」とみなすか、あるいは「世直し」と考えるか、それぞれの民の思考に委ねられてます。
正しい方向に導かれることを心よりお祈り申し上げております。
- 2015-07-13 13:23
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