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特別手記<母には三笠宮殿下にお詫びをしてほしい>

347 本当にあった怖い名無し@無断転載は禁止 sage ▼ New! 2016/12/04(日) 20:37:47.71 ID:D4lDEdKJ0 [18回目]
もう行ってた!近衛文麿の孫=赤い宮様の長女の夫=細川護熙の弟
「近衞 忠煇(このえ ただてる)」 
息子は元NHK職員。生前退位クーデターのソース元とも噂される・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%A1%9B%E5%BF%A0%E3%81%A6%E3%82%8B

 
【北朝鮮情勢】国際赤十字会長が訪朝 北東部の被災地確認
http://www.sankei.com/world/news/161203/wor1612030050-n1.html
国際赤十字社・赤新月社連盟(IFRC)の近衛忠●(=火へんに軍)会長は3日、北朝鮮を訪問した。
8月末に大きな洪水被害に見舞われた北東部、咸鏡北道の被災地の復興状況などを確認する。

IFRCによると、近衛氏は10日まで北朝鮮に滞在し、特に被害が深刻だった咸鏡北道の会寧や茂山を訪れる。
また平壌で、最高人民会議の金永南常任委員長ら高官との面会も予定している。

982 :可愛い奥様@\(^o^)/:2016/11/27(日) 09:51:39.18 ID:T6iCjjxl0.net
北朝鮮に近衛が近づくのって何の意味があるんだろう。
 
983 :可愛い奥様@\(^o^)/:2016/11/27(日) 10:02:45.80 ID:F6bwXLOP0.net
>> 982
近衞忠煇IFRC会長が来月北朝鮮行くらしいですね
あの細川護熙の弟で三笠宮の長女近衞甯子の夫さん
近衞甯子は学習院の実質的支配者、常磐会の会長さん
息子さんが元NHK職員の外部委託クリエイティブ・ディレクター
NHK経由のリークはこの繋がりです

282 本当にあった怖い名無し@無断転載は禁止 sage ▼ 2016/12/04(日) 01:15:04.46 ID:3N1F61sv0 [2回目]
東宮がモンゴルへ行ったときも同行者が何人か北朝鮮に渡ったよね
多すぎる荷物に何か運んだんじゃね?と言ってたっけ

288 本当にあった怖い名無し@無断転載は禁止 sage ▼ 2016/12/04(日) 08:13:41.39 ID:D4lDEdKJ0 [3回目]
>>285
>嵐がいつもより少ないのは、愛子さんがらみか北朝鮮か。

両方だと思うw 近衛文麿の孫の妻が、赤い宮様の娘さん、
学習院大学で佳子内親王殿下を中韓で囲もうと企てた黒幕は・・・>>983
赤い戦後の闇は、赤い宮様だったのかも知れないね・・・

236 :可愛い奥様@無断転載は禁止 2016/12/03(土) 20:34:40.05 ID:7dvFIsnn0
>> 225
謝る必要はない、っていう国がタイの事なら
その時陛下に謝罪『させた』のは当時の事務次官 小和田恒 だよ。
2014年7月2日付の読売新聞に岡崎久彦氏がハッキリ書いてる。


246 :可愛い奥様@無断転載は禁止 2016/12/03(土) 20:59:45.54 ID:jE8kqD3m0
>> 236
そしてその後岡崎久彦は死亡
死因は公表されていない。

天皇陛下の意志と吹聴して天皇陛下の中国訪問を保守派の反対を押し切って実現させたのも
小和田恒
そして次官になり数か月後に「小和田雅子 皇太子妃に!」とワシントンポストから
東郷茂彦(元朝日)がスクープ
双子の弟:東郷和彦は近衛やす子の学習院同級生
東郷の曽祖父は朝鮮人

360: 本当にあった怖い名無し@無断転載は禁止 [sage] 2016/12/04(日) 22:02:23.55 ID:BJMlIJ4Z0

夢のことについてですが、黄色い服を着ていた人達について
中国の皇帝しか身に付けられない色だと言うのは私も昔何かで読んだので、その時は向こうの人が喜んでるんかな。・゜゜(ノД`)と思ったんですが…
でもそれだと変なんですよ、喜んでいた人達の全員が黄色の「束帯」を身に付けて狂喜乱舞してたんです。(天皇陛下が身に付けられる色は黄色じゃなくてもっと渋い色ですよね?)
あ、もしかしたらその人達はやはり向こうの人で、日本を乗っ取って(束帯を着てたから)更に「俺が私がアジアのてっぺんだー!」って気持ちなのかな。頂点は一人だけしか存在できないのに

それと高貴な方は白と灰色の髪の毛、年を召された?「男性」です…書き忘れてました、申し訳ない。

生きながらの死というのは、私的にその高貴な地位にいながらそれが軽んじられ、利用されている?と感じましたが、植物状態というのも確かに当てはまりますね…だって植物状態なら何をされても…

804 名無しさん@おーぷん sage ▼ New! 2016/12/05(月)18:36:34 ID:UAu [1回目]
逆輸入してきました。> おうにのほう

皇后陛下叩きの人、近衛やす子さん、そちら系の方じゃないかな?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E5%90%8E%E7%BE%8E%E6%99%BA%E5%AD%90
常磐会・旧華族からの反発

皇太子妃は皇族か五摂家(伯爵以上)といった特定の華族から選ばれるのが習わしとされており、平民から妃を迎える、ということが考えられなかった時代であり、1958年(昭和33年)の正田美智子嬢入内と、それに伴って巻き起こったミッチー・ブームは、香淳皇后や、常磐会会長の松平信子、秩父宮妃勢津子、高松宮妃喜久子、柳原白蓮、旧皇族・旧華族らに強く反対された。
特に、秩父宮妃勢津子の実母である松平信子は当時、宮内庁内で絶大な発言権と政治力を有しており、その権勢は時の皇后をも凌ぐといわれ、「影の昭和の女帝」または「昭和の妖怪」と恐れられていた。
『入江相政日記』によると、松平信子が中心となって御婚儀反対を叫び、愛国団体をも動かした。」とあり、美智子の正家である正田家自体に圧力をかけていた。


赤い皇族三笠宮が元凶だった

故に、
娘婿が真っ赤
NHKリークも娘と婿とその息子から流れた

美智子皇后への敵意
信子妃への敵意
秋篠宮ご一家に対する敵意

凄まじい

マスコミ使って
美智子皇后、礼宮、紀子妃の悪口を流し
彬子女王に
信子妃sageを吹き込み←但し、吹き込まれるまま実母をあそこまで蔑むのは「彬子女王の魂のレベルの低さ」
つまり、女王自身が賢くない

小和田とつるんで雅子をゲリラ入内

膿は

皇統を狙い
国を売り
国民を蔑ろにし
天皇家を攻撃してきた
傍系三笠宮一族だった

結局、
取り込むはずだった徳仁はシッコ袋な容態だし
暗躍させるはずだった雅子が使えなさすぎで
操り人形にもならず
最後の切り札の愛子は完全に壊れてしまった

三人の親王の哀れな末路
長男・・・壮絶癌死、夫婦は別居、母娘は絶縁状態
次男・・・体が不自由、家庭をもてないまま病死
三男・・・早逝、突然死

長男の娘・・・アレでアレで子孫無し
三男の娘・・・承びっちだし、次女は離婚するだろうし、三女はアレだし、子孫無し

自身は三人の親王を看取る事になろうとは
そして
天皇家に41年ぶりの親王が生まれ
健やかに皇統が続くさまを目の当たりにしながら
自身の子孫が解体されていく様を
取り込むはずの皇太子一家が壊れていく様を
どんな気持ちで見ていたのだろう

ある意味
完全にアレでアレな終焉
悪は滅びるの名台詞っぷりが見事すぎる

**************************************************


手記は「文藝春秋」(15年7月号)に掲載された
家族内の「確執」明かす
   手記は、寛仁さまが亡くなって2015年6月6日で3年がたったことに合わせて寄せられた。父に代わって行われている公務のことや、喪主を務めた葬儀の際に皇室の方々に支えられたことなど、この3年間を振り返り、父への思いや感謝がつづられている。
   一方、ストレス性ぜんそくの治療のためご家族と別居し、確執がうわさされていた信子さまについては、
「私自身も10年以上きちんと母と話をすることができていない」
と言及。寛仁さまの逝去後に話し合いを申し込んだが、代理人を通じて拒否された、とも書かれている。信子さまは、故・吉田茂元総理の孫で、麻生太郎・財務大臣の実の妹でもある。
   これまでも、信子さまとご家族の確執は週刊誌などで、何度も取りざたされてきた。たとえば週刊朝日(14年12月19日号)は、以前の話として、信子さまがほかの皇族から嫌がらせを受けていると周囲にこぼしたため、寛仁親王家が宮家の中で孤立。これが原因で寛仁さまと信子さまの間に溝が生まれたと報じた。
   また女性セブン(12年6月28日号)は宮内庁関係者の証言を取り上げ、2人の病気をめぐって衝突があったと伝えている。サンデー毎日(12年7月8日号)は家族との溝が埋まらず、いずれ皇室から離脱するのではないか、という憶測があると書くほどだった。
   一連の報道について、彬子さまは「最近ある雑誌にも書かれていたけれど、寛仁親王家は長い間一族の中で孤立していた」と認める。さらに、その要因について、
「長年に亙(わた)る父と母との確執であり、それは父の死後も続いていた」
と明言されたのだ。
母・信子さま公務復帰への思い
   長らく病気療養のため、公務を控えていた信子さまだが、13年11月から少しずつ公務に復帰されている。東日本大震災のため仮設住宅に避難する住民をねぎらった福島県伊達市への訪問は、およそ7年10か月ぶりの公務だった。
   15年6月にフィリピンのベニグノ・アキノ大統領が来日した際は、秋篠宮家の次女・佳子さまの隣に座って宮中晩さん会に参加された。
   しかし、信子さまの公務復帰に彬子さまは冷ややかだ。「母に望むことは二つだけ」として、
「公務に復帰されるのであれば、今までお見守りくださった三笠宮両殿下にきちんとお目にかかり、ご無沙汰のお詫びとご報告をしてほしい」
「私たち皇族を支えてくださっている国民の皆様に、公務に復帰される理由をきちんと説明してほしい」
と注文。「それ以上のことは、私は何も望んでいない」とされている。
   一方、週刊文春の先週発売号(6月11日号)では、信子さまの体調悪化について、「すべての発端」は寛仁さま側にあり、信子さまが娘たちの心配をしている、とする匿名情報などを伝えている。


↑の手記から一年経った2016年6月6日に↓


寬仁親王殿下薨去から3年「父からの最高の宝物──三笠宮家との絆」

この6月6日で父の死から3年を迎える。私にとって父の死は、覚悟していたようで、まったくできていないものだった。正直言えば、未だ失ったもののあまりの大きさに戸惑いを覚えているほどだ。でも、父は最後に私たち姉妹に最高の宝物をくださった。それが今の私たちを支え、力を与えてくれている。その宝物、三笠宮家との絆を、父亡き今、大切に育んでいくことが残された私たちの定めと思っている。 
父を亡くし、母は病気療養中でご不在という状況で取り残された私たちに、手を差し伸べてくださったのは、三笠宮家の方々だった。ちょうど3年前の今頃のこと。父を失った悲しみに浸ることもできないほど毎日さまざまな儀式があり、右も左もわからない状態で、ひっきりなしに来られる御弔問のお客様に対応をしていた寬仁親王邸では、当然のことながら些細な失敗が繰り返されていた。それをどうするかの判断に追われ、本当に訳がわからなくなってしまった私は、恥ずかしながら一切の思考がストップしてしまい、廊下で立ち尽くしてしまっていた。そんな私に「しっかり!」と声をかけ、お客樣方へのお茶の準備の指示をしてくださったのが、父の姉である近衞の伯母だった。また、父の妹である千の叔母も、自ら伯母と共にお茶出しをしてくださった。そのおかげで寬仁親王邸は無事その日の行事を終えることができた。その時ほど親族のあたたかさを感じたことはなかった。
三笠宮家の長男として生まれた父は、将来三笠宮家を継ぐことになることから、宮号を賜らず、寬仁親王家当主として独立した生計を立てていた。本来であれば長男として、三笠宮家を支える立場であったはずの寬仁親王家だが、雑誌などに報道されたように、長い間三笠宮家の中で孤立した存在であった。その大きな要因が長年にわたる父と母の確執であった。私も妹も特別なお祝い事などを除いては、御本邸を訪ねることもほとんどなく、どことなくぎくしゃくとした雰囲気もあって、三笠宮家の方々と深く親交を結ぶことができなかったように思う。
そんな家族の状況にも関わらず、父亡き後、葬儀のことだけでなく、私たち姉妹を様々な場面で面倒を見てくださったのが、祖父母や高円宮妃殿下を始めとする三笠宮家の方々であった。最近では皇室のしきたりなど、わからないことがあると、すぐに御本邸の祖父母を訪ねてご相談をさせていただいている。そんなとき、祖父母の口から語られる父や叔父、叔母たちの他愛もない思い出話は、かつての三笠宮家の姿をよみがえらせるものであり、私の知ることのできなかった父の姿を垣間見る本当に貴重な物語だ。
三笠宮家の方々以外にも、父の死に際して様々な方からお力添えをいただいた。天皇皇后両陛下から賜ったあたたかいお言葉は、どれだけ感謝を尽くしても尽くしきれないほどの大きな心の支えとなった。皇太子同妃両殿下、皇族殿下方から日々いただくお心遣いがどれほどありがたかったことだろう。また、斂葬の儀を始めとする一連の葬儀にあたっては、宮内庁職員、宮家職員、皇宮警察、警視庁の皆が真摯に、それぞれの役割を超えて「殿下のために」と準備をしてくれた。皆の気持ちに頭が下がる思いでいる。
父の死という悲しいきっかけであったが、三笠宮家と深く絆を結んだ今だからこそ、痛切に感じることがある。それは、いかに長い間祖父母や叔母たちが私たち寬仁親王家のことを気にされ、心配してくださっていたかということだ。そのあたたかいお気持ちを最近まで知るすべがなく、今のような親交を持つことができなかった自分自身に歯痒ささえ覚えている。
母が病気のご療養ということで寬仁親王家を出られて以来、私は10年以上母ときちんと話をすることができていない。再三母に話し合いをしたい旨をお伝えしてきたが、その都度代理人を通じて拒否の旨が伝えられるだけであった。
体調が回復され、ご公務に復帰される母に望むことが二つだけある。一つは心配をおかけした三笠宮同妃両殿下にお目にかかり、公務復帰のご報告と無沙汰のお詫びをしていただきたい。そして私たち皇族を支えてくださっている国民の皆様に公務復帰のご報告をしていただきたい。それ以上のことをこれからも私が望むことはないだろう。
今、私は日本の伝統文化を子どもたちに伝えることを目的に設立した、心游舎という団体で活動をしている。父はよく、「皇族というものは、国民の中に自ら入って行って、彼らが望むことをするのが仕事だ」とおっしゃっていた。父にとってのそれは、社会福祉であり、スポーツ振興であり、青少年育成であったと思う。私には父ほどの力もないし、知識も乏しいので、父と全く同じことをすることはできない。ただ、父がこれらの活動に情熱を傾けられたように、私は日本の伝統文化を次の世代に伝えること、日本の伝統文化が生き続ける土壌を耕すことに自身をかけたいと思っている。そして、そのことが、本当の意味で「父の仕事を受け継ぐ」ことではないかと感じはじめている。亡くなられた今では確かめることはできないけれど、父はいつものように「にやり」と肯定の笑みを浮かべてくださるのではないかと思っている。
父が薨去され、寬仁親王家は三笠宮家に合流することとなった。ありがたいことに祖父母は私と妹に「私たちが責任者になったのだから何でも相談してちょうだい」と仰ってくださる。この言葉はあたたかい毛布のように、私たちをふんわりと包んでくれている。
父の死から三年ということで、さまざまな媒体から取材のお話をいただいた。こちらへの寄稿と同じように月刊誌からも原稿の依頼を受け、自分の今の状況を整理する意味もあって手記を寄せた。その手記につけたかったタイトルが「父からの最高の宝物」であった。残念ながら月刊誌の手記のタイトルは私が見ることもできず、編集部の方がつけられたようだが、私にとって三笠宮家との絆が、この3年間で得た何よりも大切な財産である。



彬子女王の母親信子妃に対する手記

その一年後に

登場人物の髭殿下一家以外

三笠宮祖父母
高円鳥取久子
近衛叔母
<おまけ>
皇太子同妃殿下w

彼らを絶賛ageageの手記

改めて読み直して
何故このタイミング?
とか
まーあれだ
真っ赤な皇族
反日皇族
売国皇族
オールスターキャストを
絶賛ageageのタイミング

ネタかギャグか
お心遣いの
皇太子同妃殿下w

自身がこどもの頃、信子妃の発した
①他の皇族方に嫌がらせを受けている
②夫髭殿下のDV
これを信じたと
父親も信じたと

だ か ら

皇族から孤立した立場になった

そのストレスからアル中になった


母親は「虚言癖」があり
自分が作り出した物語を語る事で
それを事実だと信じ込んでいると

そう主張していた

で↓
①も②も嘘だと確信した彬子女王なのじゃが
その①の否定の理由に
秋篠宮殿下のご成婚の際
「徳仁皇太子が「弟はもったいないことをした、彬子ちゃんが大きくなるのを僕は待っているよ」
と言ってたわ」
そう信子妃に小学生の頃、囁かれた
だが、そんなことを皇太子は言っていないと確認が取れて
信子妃の嘘がわかった
というのじゃがじゃが

おいおいおいおいおいおいおいw

他愛無いやり取りを
そこまで嘘か事実かで追及するのは
馬鹿だろ

徳仁の事だから
アレだけど
こういう言葉は
社交辞令とも
お世辞とも
適当な言葉と捉えるのが真面
徳仁が馬鹿であれアホであれ

それはそれで放置プレーレベルじゃんかと

この三笠宮age手記を
なぜ、2015年7月にわざわざ書いたか
母親の宮妃活動復帰に対してと言われていたが

このタイトルを
本人が知らない内に
編集者が決めてしまった
という所

父親からの宝物を
母親は三笠宮爺に謝れ

こういうタイトルを
本人に無断で編集するか?

という点で
記事を持ち掛けた出版社
書いただけの彬子女王
しめしめとタイトルを信子妃バッシングに編集

どう見ても
持ちかけた段階から
編集してしまうまで

なんか力働いてる

秋篠宮殿下ご一家の事にはまるで触れず
両陛下については形式程度のご挨拶レベル

おまけ程度でも
何もしたわけでもなく
葬儀もドタ出のドタ抜けドヤキャンな雅子
薄笑いの徳仁が
何をしたのかage

その中で
彬子女王らに
久子と三笠の爺との10年目の関わりと近衛の婆の
極端なage

変だなw

って
思うだろう


165 名無しさん@おーぷん sage ▼ 2015/08/30(日)12:31:49 ID:5oL [1回目]
>>163
典子さんは出雲から離れますか?
出雲が心配なんです。

168 名無しさん@おーぷん sage ▼ New! 2015/08/30(日)20:08:52 ID:LJp [2回目]
>>165
そのことですが、分かっているのは70歳過ぎて一人で幸せそうに過ごしているということだけです。
これが未亡人になるという意味なのか、それとも離婚して一人で暮らしているという意味なのかは分かりません。
ただし恋愛結婚ではなく政略結婚なので、金の切れ目が縁の切れ目になるということも考えられます。
この結婚自体久子さんの考えによるものですから。
また、画像を見た時に娘達からオーラを感じたのですが承子さんが最も大きな役目を背負っているようです。
それもスレタイ娘と同じくらいです。
反対に絢子さんは一番小さく、比較的自由な方です。


企んだ政略結婚もどうやら破綻の兆し
億の持参金をポッケに入れたい鳥取久子

破綻でも
持参金が手元にget出来りゃそれでよし

金と名誉が全ての高円嫁

私見だけど

嫌がらせをし
孤立させ
信子妃絶対悪に吹き込んだのは
久子

どういう者を呼び込んだのは

長老
そして
長老の娘
長老の息子

故に

畏れおおい思いはたくさんあるけど書いておく。
これから3度の弔いがあり
順序通りでないものが先にゆく。
長女は2人とも嫁せず
次女三女全ていずれ敵してしまう。
それでも、皇統は続く。奇跡的に


傍系三笠宮家の消滅

順序どおりでないものが先に逝く

長男
次男
長老

長女は2人とも嫁せず

彬子←久子に利用された
承子←愛子と同じ

次女三女全ていずれ敵してしまう。

典子←離婚して、長女の葬儀に出ない母を軽蔑し疎遠になる
絢子←何とか辛うじて降嫁するも、母と疎遠に
瑤子←母バッシングの長女と疎遠に


いうことなのかもな

高円宮家は久子だけが残り断絶
利権手放さざるを得なくなればかなり困窮

三笠宮家の次女は降嫁するかな
東宮一家解散なれば
案外、信子妃は皇籍離脱してご実家に帰るかも
彬子女王は吹き込んだ久子とどうかかわるか不明だが
嫁がないなら三笠宮家に残るしか道は無し

秋篠宮殿下が即位された暁には
公務も利権活動も無くなった久子と
皇籍離脱された母のいない彬子女王が

それぞれの宮家仕舞いをするのか

高円三姉妹に子孫はないのかも
髭殿下の次女にも子孫はないのかな

この子無しこそ

本当の三笠の宮家断絶の結末

それでも続く皇統の奇跡は

秋篠宮親王殿下
悠仁親王殿下
悠仁親王殿下にお二人の年の近い親王殿下

そう

皇統は
人の数ではない
魂の質

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コメント

[C7172]

三笠宮一族、皇族でありながら色々とやらかしてくれますね、皇祖神様方からの天罰がもれなくやって来ますね、[どのような立場の者でもそれが暴かれバチが当たる。]とは正にこの事ですね。しかし彬子女王は賢い方だと思ってましたが残念ですね、周りの悪巧みにすっぽりはまってしまって、ホント、シャンプーさんの言う通りの「魂のレベルの低さ」が露呈してしまいましたね。こんな家族に囲まれた信子妃がかわいそうでなりません。でも信子妃は本物のお嬢様でお育ちが良い方だから皇族としてのお務めもご立派です。三笠宮と高円(ナルマサアイも)は、いずれ消滅しますからね。これからの皇室の本番は秋篠宮ご一家ですからね。
  • 2016-12-09 22:25
  • ゆきうさぎ
  • URL
  • 編集

[C7165] 一般市民ですが

私は秋篠宮両殿下、信子様、清子様を支持しています。
次代は秋篠宮様になってほしい。

でも皇后陛下においては疑問をもっています。
しがない一般市民ですが。

  • 2016-12-06 16:57
  • もも
  • URL
  • 編集

[C7164]

以前読んだ事がありますが、敗戦の直接な原因は日本側の暗号が米国には筒抜けだったとか、
米国では時期が来ると公文書公開の義務が生じる。その公文書の中に近衛文麿さんの事が記載されてあったとか、文麿さんは暗号名まで持っていたようです。 まさか暗号筒抜けの原因は文麿さんではないと思いたいですね。
  • 2016-12-06 09:08
  • 名無し
  • URL
  • 編集

[C7161]

寛仁殿下はアルコール依存性でした。
アルコール依存性の家族は、妻も子供も病みます。
だから、母子関係の確執は仕方がないと思います。

が、そういう内情を母親を非難するような形で公に晒してしまうのは、国民の印象を悪くしてしまうだけだと思います。

そういう意味では、彬子さんは聡明な人ではない、むしろ、AC であるから、もしかささたらカウンセリングなどが必要なのではないか?とすら思います。
  • 2016-12-05 07:49
  • ピノキオ
  • URL
  • 編集

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プロフィール

まるが@

Author:まるが@
娘が二人います
80年代に青春時代を過ごしました
性格は気まぐれです
系統は保守系で真ん中よりちょっと左かもです
どっちかっていうと嵐の事を、母ちゃん目線で見ています
嵐の映像と曲を聞かない日はないくらい嵐漬けな毎日です

★略歴★

2006年に嵐の大野智に落ちました
2007年TIMEで初コン参戦
2008年アライブコン参戦
2009年5×10コン参戦
2010年体調崩しコン不参加

★色々★
ネットを徘徊して殆どの嵐動画を見ました新参の部類です
大野智のソロコン2月の直後に落ちたのを悔いています
もう一か月早く落ちていれば、チケットとれなくてもグッズは買いに行ったのにと

★好きなジャニ★
尊敬するジャニーズ→中居君
成長に期待するジャニ→山田&知念

★嫌いな生き物★
アグネス金子陳美麗
キムヨナ
昆虫
民主党旧社会党社民党公明党
創価学会等新興宗教系

★ブログテーマソング★

「頭に乗せてる葉っぱが落ちた。逃げ込むはずのお山も消えた。川の流れも海の波間もみんなどっかへ消えてった。最後に残った可愛い人形。飾るお部屋が見当たらない。べべ着て帰ろう。べべ着て帰ろう。鼻緒が切れてもべべ着て帰ろう。」~2020年まで

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