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カリスマボランティア尾畠さんは「根っからの善意の人」



2018/08/23 11:00

© SHOGAKUKAN Inc. 提供 自宅の茶の間で語る尾畠さん
《絆 朝は必ず来る》。力強い筆致でそう書かれたヘルメットを被り、真っ赤なツナギを着た尾畠春夫さんの姿が、8月19日、西日本豪雨で被災した広島県呉市にあった。被災家屋の家財道具を整理し、土砂を土のうに入れて運び出す。10人グループの中で、若いボランティアには指導も行っていた。
 身長161cm、体重57kg、御年78才。小柄なおじいちゃんである。真っ黒に日焼けした顔に刻まれた深い皺を、汗がつたう。ここでは1か月前にもボランティアをしたが、以前と違うのは、彼の姿を一目見ようと住民が集まっていたことだろう。尾畠さん、ありがとう、がんばって、という声も飛ぶ。
 山口県周防大島町で行方不明となった2才の男児、藤本理稀(よしき)ちゃんを発見した「カリスマボランティア」として、尾畠さんは一躍、時の人だ。
 広島に出発する前日の17日、本誌は大分県日出町(ひじまち)にある尾畠さんの自宅を訪れた。
「私は来るもの拒まず、去る者追わず、だから」
 家の前にはテレビ局のロケバスや新聞記者のタクシーが並ぶ。尾畠さんが座る茶の間は取材陣ですし詰め状態だ。しかし、尾畠さんは嫌な顔ひとつせずに、よく通る大きな声で質問に丁寧に答える。
──ハチマキに使う赤いタオルは何本持っていますか。
「1500本ぐらいしかないよ! ワッハッハ」
 時折の軽快なジョークには記者たちもドッと沸く。
 なぜボランティアに人生を捧げるようになったのか──尾畠さんは幼少からの人生を振り返った。
◆小学生のときに母が死に農家に丁稚奉公に出された
「親父は下駄を作って売る職人でした。明治生まれだから厳しい人でね。よく殴られました。食うのも厳しい時代だった。小学生のときに母親が亡くなりましてね。それから農家に丁稚奉公に出されました。育ち盛りにいつも腹を空かせて、つらい思いをしましたよ」(尾畠さん、注がなければ「」内以下同)
 昭和14年生まれ、大分県安岐町(現・国東市)の出身。戦争が激化する時代に生まれ、戦後の貧しい時代に育った。杵築市の八坂中学校に在籍していたが、ほとんど学校には通えなかったという。
「15才で魚市場に修業に出ました。だから、高校なんていってやしません。10年ぐらい大分市や兵庫の神戸市の魚市場で働きました。魚屋じゃないですよ、“フィッシュセンター”です(笑い)。20代の半ばで、東京にも出稼ぎに行きましたよ。とび職で3年間。自分の店を開く資金と、結婚資金を貯めるためにね。とび職の経験は、今のボランティアの現場でも生きています」
 28才のとき、別府市内に鮮魚店「魚春」を開業。近所の住民が語る。
「春さん(尾畠さんの愛称)が捌く刺身は絶品でした。お祝い事があると、春さんに注文して。年末には店の前に長い行列ができていました」
 その頃、鮮魚店の前を通学していた女学生に一目惚れして結婚。一男一女をもうけた。
「孫は5人です。21才の孫娘がいちばん上。下はみんな男の子で、下が小学1年生です。孫は大分県内に住んでいるから、時々会っていますよ」
──奥さまは今どちらに?
「5年前に旅に出たんだ。それから連絡は一度もとっていません。仲が悪いわけじゃなく、籍も入ってますよ。生きてるかって? そりゃ生きてますよ、失礼な(笑い)」
 転機は65才の誕生日だった。繁盛していた「魚春」を突然、畳んだ。
「閉店することは、奥さん以外には当日まで内緒でした。誕生日の朝、店頭に『今まで長い間、ご愛顧ありがとうございました』と書いた紙を貼り出したんです。お客さんからすれば、仰天したようです。どうしてかって? 私は15才で働き始めたときから、働くのは65才までにしよう、と決めていたんです。本当に、それだけ」
 お得意さんのところへ閉店の挨拶に回ると、意外な反応が返ってきた。
「自治体の有料ゴミ袋を手土産に持って行ったんですが、どこも受け取ってくれない。それどころか『これまでわが家は、ずっと魚春さんの魚しか食べてこなかった。これからは一体どうしたらいいんですか』と詰め寄られた。もちろん最後はゴミ袋も受け取ってくれたんですが、そこまで愛されていたことに気づいて、本当に嬉しかった」
 その恩を、直接は無理でも社会を通じて恩返ししたい、との思いがボランティアを始めるきっかけになったと話す。
◆警察の捜索部隊を率いて遭難者を捜した
 しかし、別の近所の住民はこう語る。
「春さんは引退してからボランティアを始めたんじゃありません。魚春の頃から、近所にスズメバチの巣ができると率先して取り除き、通学路にマムシが出ると聞くと、“子供たちが危ない”と毎年、草を刈っていた。根っからの“善意の人”なんです」
 40才頃から趣味で山登りを始めた。58才で北アルプス55山を単独縦走。地元の由布岳では、「何度も登っている山へ恩返しがしたい」と登山道整備のボランティアを始めた。週に2回、40kgの道具を背負い、崩れかかった路肩を修理し、案内板を設置した。
「魚春の魚が入っていた箱を解体して、由布岳の遊歩道にあるベンチの修理に使っていました」(前出・別の住民)
 2014年、環境相から地域環境美化功労者として表彰された。
 全国各地へとボランティアに出向くようになったきっかけは2004年、64才のときに起きた新潟県中越地震だ。
 体力は人並み外れている。66才のとき、「生まれた日本を歩き、体力を試したかった」と考えていた尾畠さんは、徒歩で日本を縦断。無人駅やテントに泊まり、九州最南端からたった3か月で北海道の稚内市にたどり着いた。74才のときにも本州を徒歩で1周。現在も1日8kmを歩く。
「野菜は虫食いのある自然なものしか食べません。庭で作ったものとか。あとは、体にいいというから、パックで甘酒を買って飲んでいます」
 東日本大震災でも現場へ急行。大分県と宮城県南三陸町を行き来し、計500日という長期にわたり支援した。とくに津波で流された写真や思い出の品などを収集、洗浄する「思い出探し隊」隊長として尽力した。
 豊富なのが行方不明者の捜索経験だ。今回の理稀ちゃんのケースのように、遭難者の特性を見極めて、居場所を絞り込んでいく。長年の整備活動で山を知り尽くしているため、地元・大分では要請を受け、警察の部隊を率いて捜索に当たったこともあるという。
※女性セブン2018年9月6日号


他者の為、それが人としての生きる道

たぶん、こういう人の奥さんは

大変だったと思う

恐らく、自分達夫婦の老後よりも人の為
お金も時間も使い
殆ど家にいない出稼ぎ状態
という
そんな老後の人生を捧げてしまう生き方に
ついていけなくなったのか
知る由も無いが

いるんだな
こう言う人

善人

なのではなく

人として生きる道を歩いている人

自分が苦労したから
苦労している人たちの力になる

至極シンプルな動機を
善人というのなら
それこそこの人の本性というべきか

これが半島人なら
自分が苦労したんだから
お前にも苦労させてやる

一般的現代の日本人の大方は
自分は苦労したんだから
これからは楽させてもらう

そんな感じ

この尾畠さんは
見返りを求めない
だから
自分が苦労を知っているから
苦労している人に何が必要かもわかるわけで

現代の日本人は
見返りを求めているから
自分の苦労は
自分に対価として返してほしいと願うわけで

苦労している割には
成長しない民族になってしまった原因は
そこにあるのかな


かつて
本田宗一郎が自伝の中に

世界に4つしかない当時の最新式の機械を
本田が購入した時のこと
これで事業が失敗するようなことになっても
日本にこの機械を残すことが出来るからいい

というのを読んで
私は目からうろこ

ああ
これこそポジテヴィティであり
自己中心に陥らない
家族地域社会国家の枠組みで物を見る事が出来る人間の発想だと
感嘆した記憶がある

尾畠さんは
本田宗一郎とは立場も状況も違うが
真意は同じ

そう強く感じたのは

この記事の半生を読んでいて思い出した
本田宗一郎の自伝の言葉と
その恩を、直接は無理でも社会を通じて恩返ししたい、との思いがボランティアを始めるきっかけになったと話す言葉が
私の中でリンクしたからだろう
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まるが@

Author:まるが@
娘が二人います
80年代に青春時代を過ごしました
性格は気まぐれです
系統は保守系で真ん中よりちょっと左かもです
どっちかっていうと嵐の事を、母ちゃん目線で見ています
嵐の映像と曲を聞かない日はないくらい嵐漬けな毎日です

★略歴★

2006年に嵐の大野智に落ちました
2007年TIMEで初コン参戦
2008年アライブコン参戦
2009年5×10コン参戦
2010年体調崩しコン不参加

★色々★
ネットを徘徊して殆どの嵐動画を見ました新参の部類です
大野智のソロコン2月の直後に落ちたのを悔いています
もう一か月早く落ちていれば、チケットとれなくてもグッズは買いに行ったのにと

★好きなジャニ★
尊敬するジャニーズ→中居君
成長に期待するジャニ→山田&知念

★嫌いな生き物★
アグネス金子陳美麗
キムヨナ
昆虫
民主党旧社会党社民党公明党
創価学会等新興宗教系

★ブログテーマソング★

「頭に乗せてる葉っぱが落ちた。逃げ込むはずのお山も消えた。川の流れも海の波間もみんなどっかへ消えてった。最後に残った可愛い人形。飾るお部屋が見当たらない。べべ着て帰ろう。べべ着て帰ろう。鼻緒が切れてもべべ着て帰ろう。」~2020年まで

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